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和尚の日記

マンガやゲーム、映画など自分が見たものの感想や紹介をしていきたいと思います。

『逃げるは恥だが役に立つ』by徳川家康in真田丸 最も人間臭い武将が、天下を取ったという事実。

逃げるは恥だが役に立つ』by徳川家康

 

ブログタイトル通り、真田丸の最終回の感想を一言で言えば、こうなりました。

 

最後ということもあって派手に殺陣を繰り広げたり、佐助の年齢が驚きの55歳であったり、見所は多かったと思います。

ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』を見ている方々(自分含む)にとっては平匡さんと日野さん徳川秀忠と佐助の対峙も見所だったと思います。

 

ですが個人的に一番だったのが、この徳川親子の逃走でした。

まさに火曜ドラマの平匡さんのお株を奪う、見事な逃走術だったと思います。

多分これが最終回ではなかったら、三谷さんはこの言葉を言わせてた可能性があったんじゃないかと思います。

ハンガリー人もビックリだと思います。

 

まあ徳川家康が日本史であまり好かれないのも、こういうところがあるからでしょうねぇ。

派手じゃなく、男らしくなく、潔くない。そんな人物。

 

個人的な偏見なのですが、好かれる戦国時代の武将の条件として次の3つ上げることが出来ると思います。

一つ、豪快な性格・経歴・武勲。

二つ、成り上がり・下剋上

三つ、悲劇的な結末。

以上のどれか一つでも満たせば現代日本人から好かれる戦国武将となると考えます。

 

残念ながら、家康さんはその全てに当て嵌まってはいません。

 

家康さんは、人質に出されたところを誘拐され、梟雄・織田信長と出会うなんて、普通じゃないところから人生スタートしています。漫画なら劇的に描かれるシーンです。そして、そこが作品のピークとなってしまうでしょう

その後は普通に人質先である今川家に返還されます。そして何もしないまま、今川義元は信長に討ち取られ、そのドサクサに紛れて今川家から独立を果たして、織田と同盟を結びます。

その後も信長の命令の従って息子を斬ったり戦場で武田騎馬隊にボコられたり、その逃走中にウ〇コ漏らしたりなどなど、黒歴史を作り続けます。

 

信長が本能寺の変にて悲劇的な結末を迎えた後、謀反人・明智光秀を倒そうと彼は伊賀の山を必死に越えるのですが、兵士を率いた頃には、豊臣秀吉が既に明智を討っていたのです。

出遅れですね。

そして肝心要の織田の実権は秀吉に盗られてしまうのです。

 

その後は秀吉の元に仕えて、本拠地を地元愛知県から東京都に移せという大変ありがたい命令を受けるぐらいで、何事もなく時間が流れていきます。

なおその時の東京は見事に開発の進んでいない土地であったらしいです。左遷ですね

 

そして秀吉が死んだ頃を見計らって、今度は豊臣から独立。そして見事に江戸幕府を立ち上げたのでした。

そして今までの仕えてくれていた譜代の家臣たちに、褒美として雀の涙ほどの所領を与えるのでした。

そして天下をその手に収めた男は最後の最後、タイの天ぷらに当たって死ぬのでした

 

以上の通り、信長のように華々しい活躍もさほどもありません。天下を取ったと言っても、正面から堂々と破ったわけではなく、漁夫の利老衰待ちなどによって手に入れたわけで、日本史上最大の成り上がりである秀吉が直前に居たという事実も相まって、成り上がりと言われると抵抗があります。

最期は派手に討ち死にしたわけではなく、まさかの食中毒ですし(Wikipediaでは胃癌説が現在の主流であると書かれていました)。

 

客観的に見て、武将らしくなくカッコ悪い。それが徳川家康です。

ですがそれは、凄く人間臭いと言えるのだと思います。

ヤバくなったら逃げる。勝てそうにないなら誰かに倒されるまで待つ。ケチる所はケチる。そしてなにより、とにかく死なないウ〇コを漏らしても決して死なない。そのことに主眼を置いてきた結果、ついには天下をその手に収めるまでになったのです。

 

彼のその人柄は、現代日本人に通じるところがあると思います。大事なのは見栄などではなく、まず自分自身

日本人が好む人柄を持つ人物ではないのでしょうが、だからこそ天下を掴んだ男が取った行動は、僕たちにも使えるのではないでしょうか。

先人たちの行動から学ぶのが、歴史という教材ゆえ。

 

だが家康にはやはり、この言葉を残してもらいたかった。

逃げるは恥だが役に立つ