和尚の日記

マンガやゲーム、映画など自分が見たものの感想や紹介をしていきたいと思います。

雑記:新卒の僕は言いたい。『ゆとり』じゃなく、『ゆとられ』なんだと_『だからゆとりは』に変わる一言を。

ゆとり』をテーマに挙げたこちらの記事が反響を呼んでいるようです。

arihuretaziken.hatenablog.com

同じゆとり世代として、そして今年から働き始める者として興味深く読ませていただきました。

 

そこで僕が『ゆとり』という言葉について思うことを書きたいと思います。

この盛り上がりにあやかって、少しでもアクセス数が増えればいいなという下心で記事を書いているわけではありませんよ。決して。

 

 

ゆとりじゃない!

まず最初に言いたいのが、僕たちは『ゆとり』ではありません

 

僕たちは『ゆとられ』です!

 

何言ってんだこいつは?と思うかもしれませんが、ここだけは言っておきたい。

僕たちは『ゆとり』にしてくれなんて頼んでいません。その時のお偉いさん方が勝手に作った制度に身を預けざるを得なかったんです!自発的に『ゆとり』になったわけではありません。

 

あくまで受け身。大人たちの都合で『ゆとらされた』んです。

だから僕は能動っぽい響きの『ゆとり』ではなく、『ゆとられ』だと言いたいのです。

 

誰にゆとらされたのか?

受け身でしかなかった僕たち。では誰が僕たちをゆとらせたのか? 

 

その当時の大人たちに決まっているでしょうが!

 

『ゆとり』が決まった時選挙権を持っていた大人たち。これに付きます。

政治家というか議員が施行したのでしょうか、それでも元を正せば、その政治家を選んだ当時の大人たちのせいということになるでしょう!

現在30代以上の成人たちが選んだ政治家のせいで『ゆとり』になったんです!

むしろ責任は当時の大人たちにある!

抵抗なんて出来るはずがない。選挙権すら持ってないんだからな!

それなのにネットやらテレビで聞くのは。『だからゆとりは』など。

もう一度言う。

『ゆとった』のはお前らのせいだ!

 

『ゆとり』のあるなしを決めるのは、僕たちではない!

そもそもの話、『ゆとり』というのは何と比較して言っている言葉なんだ?

言うなれば『ゆとってない』とはどういう状態を指すんだ?

僕たちを『ゆとり』と呼ぶということは、それ以上の世代は『ゆとってない』ということでいいのか?

なるほど、それなら勉強時間などが減った僕たちはゆとったように見えるかもしれない。『ゆとってない』世代が100のことをやっていたのなら、僕たち『ゆとり』世代は90程度のことしかやっていないのかもしれない。確かに『ゆとり』はあるだろう。 

だが僕たちにとっては、その90こそが100なんだ!

受け手側の僕たちは『ゆとり』なんて実感してねぇんだよ!

 

あくまで『ゆとり』世代以外の人が基準だということを忘れないでほしい。 

 

『だからゆとりは』ではなく

少なくとも大人たちが決めた枠組みの中で僕たちは頑張ってきた。

それでも現在社会で働く大人たちからすれば、物足りない場面が出てくると思う。それは当然だしこちらとしても申し訳ない気分になることもあるだろう。

それを受けて大人たちは『だからゆとりは』と言いたくもなるかもしれない。だがそこは責任の一端は自分たちにもあると考えグッと堪えてほしい。

 

しかし上司や先輩、大人として何も言わないのも締まりがつかない。

そこで『だからゆとりは』に変わる別の言葉を考えてみた。

部下が何かしでかしてしまったとき、怒ることなく、優しい笑みでこの言葉を使ってみてください。

 

『ごめんねぇ。ゆとりにしちゃって』

 

 

……にやけ面で言われた日には、より一層怒りを生みそうだな。