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和尚の日記

マンガやゲーム、映画など自分が見たものの感想や紹介をしていきたいと思います。

雑記:大相撲について_強者の美学とは『持つ』ものであって、『持たされる』ものではない。

白鳳が千秋楽の結びの一番で、躱して日馬富士に勝利してしまったことで、非難を受けています。

何故非難を受けたのでしょうか? 横綱の品格としての問題? 勝利にこだわり過ぎた?

別にいいじゃないですか。

具体的に横綱らしさってのが何か分からんし。なに? 技を使わずに戦えばいいの? それは『手加減』というやつじゃないの? 本番の勝負でそんなことする方が品格疑うわ。むしろ横綱ってのは言うなれば『一番相撲が上手くて強い人』のことでしょ? そんな人が技使えない方が違和感あるし。

勝利にこだわるのも、勝負である以上勝ちたいのは当然。少なくても優勝が掛かってる場面で負けていいと思ってるやつなんていないはずだ。むしろこの場合、空かされただけであっさり場外に出てしまった、同じ横綱である日馬富士の方に問題があるんじゃない?

こちらの記事でも同様なことを述べられています。

matsutake2.hatenablog.com

 

『強者が技を使ってはいけない』

これは『範馬刃牙』で花山 薫が語っていたことです。

強者たるものが技を使うことは、武器を手にすることと一緒だと言い切ってました。

花山という強烈な印象を持つキャラクターとしては、この発言は間違いなく合致した『強者の美学』であると思います

しかしこの美学は強者が自ずと『持つ』ものであり、誰かに『持たされる』ものではないと思います。

それを持つ持たないはその人の自由。しかしそれを押し付けることはできはしません。

 

いいかげん、この『押し付けた自分たちにとって都合のいい正々堂々』は止めにしません?

もしそれをしたいなら明確にルールに書いておけばいい。横綱は技を使ってはいけない』とね。

 

こういう人たちは高校野球で四連続敬遠をした時、その選手を責めてしまうんでしょうね。