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和尚の日記

マンガやゲーム、映画など自分が見たものの感想や紹介をしていきたいと思います。

雑記:『独裁者の部屋』_独裁体制×言論OK=空気崩壊。そもそも言論の自由ってなんだろう?

テレビ 雑記

今日も『独裁者の部屋』について書いていきます。三日目の今回は第五回、第六回の放送となります。

以前の記事はこちら↓

一日目(第一回、第二回)

osyousama.hatenablog.com

二日目(第三回、第四回)

osyousama.hatenablog.com

五日目、メガネ去る

五日目を描く第五回の分ではメガネ君(名前忘れた)がこの環境に耐えられなくなり、遂に棄権してしまいます。

これにて参加者は三人減っての五人となりました。

 

仕方ないかもとは思いますが、場合、僕が参加者の場合、一日目の生活必需品選択の場面を思い出してブチ切れてしまうことでしょう。

そう、わけのわからない理由でトイレットペーパーを放棄してしまった話し合いの場面です。

 

何を隠そう、このとき参加者唯一のメガネキャラだった彼のために、皆は他の必需品を捨てて、メガネを選んでいたのです。

 

参加者全員がメガネを付けていたのなら、何の問題もない判断なのですが、メガネを掛けている彼一人のために、皆は他の寝具やトイレットペーパーを諦めてしまったのです。

 

僕もメガネをかけていますが、参加していたのなら間違いなくメガネよりトイレットペーパーを選びます。

複数なら考えますが、一人なら間違いなくそうします。

 

そんなある意味、皆の善意の塊であるメガネを付けておきながら、彼は泣き言やら弱いごとなどネガティブオオーラを残して一人自由の世界へ飛び立っていくのでした。

 

まあそうなってしまうくらい辛い環境なのでしょう。経験したことのない自分では想像でしか言えませんが。

 

六日目、独裁体制での言論とは

そしてメガネが去った後、六日目を描く第六回。

徐々に彼らの空気が悪くなっています。

人が死にかねないくらいに。

 

主に女性陣の政治や思想の違いから端を発していますが、基本的には自らの主張や思想とぶつかったため起こった出来事ですね。

言論の自由が未だ保障されているため起こった出来事だと言え、その自由が制限されてしまえば起こりえない軋轢でしょう。

それにより労働の効率が落ちたことを嘆いているのは独裁者のみですが。

 

ここで自分が思ったのは、『真の独裁体制の元では、このような議論が起こり得るのかどうか?』でした。

今までトイレットペーパーやらマクラやらで、政治とかとは関係ない部分でハシャいでいましたが、ここで一つまともなテーマについて触れて知性派な面も見せたいと思います。

 

閑話休題、今回このような議論が起こったのはそれぞれが独自の考えを持っていたからです。

それはつまり、今まで彼らが感じてきたもの、学んできたものが違うということです。当然ですね。同じ日本人でも感じてきたものや、家庭や地域で学んできたものなどが違うから考えなども異なるわけですし。どのような視点から情報を仕入れてきたかという

 

ですが独裁体制下のような制限された環境では、感じること、学んできたものなどが均質化することにより、思想が似通っていくのではと思います。

実際大雑把に日本人として括ると、その思想に大きな違いは見られません。

それでも人それぞれ細部が違うのは、個人が自由に情報を仕入れることができるためなのでは、と。

 

情報の自由化による多様性

言論の自由とは、個人様々な考えを戦わせて、違う概念を学んだり、また弁証法でいうところの止揚によって、更なる考えを生む可能性があります。

ですが『個人が均質化された世界』では、そのような自由に意味があるのかどうか。

もし完璧に情報が規制された場合、完璧なる『情操教育』が成された場合、言論の自由の有無は関係ないのかもしれません。

 

こ、これで少しは社会派っぽい所を見せられたかな?(チラッ

 

泣いても笑っても残りはあと一日。

勝者はどうなるのか?彼らのメンタルは大丈夫なのか?久々の太陽に眼球が燃えたりしないか?

楽しみに待ちましょう。

誰も死なないことだけ祈りながら。