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和尚の日記

マンガやゲーム、映画など自分が見たものの感想や紹介をしていきたいと思います。

考察:フィクションでのオンラインゲームの立ち位置

 こんにちは。和尚です。

 以前、岡部閏(今まで閨と間違えてました。すいません)先生の最新作『グッド・ナイト・ワールド』を紹介させていただきました。

osyousama.hatenablog.com

 現実とは技術の違いはあれど、インターネットを利用したオンラインゲームを題材に扱った作品となっております。既にインターネットは特別なものではなく、フィクションの中でも当然のように現れています。

 

 今回は少し毛色が変わりまして、フィクションでのインターネット、およびオンラインゲームの立ち位置について考察していきたいと思います。

 インターネットが普及した昨今、それは極めて身近に存在するアイテムです。

 コミュニケーションツールとしてなのか、それとも情報収集ツールなのか、作品によって立ち位置が変わりますが、多種多様な使い方が存在するため、どの面をピックアップするかによって使用方法が変わるためです。

 しかしどの分野で利用する場合でも、インターネットの匿名性は極めて高いです。

 その匿名性こそが、フィクションで利用しやすい点の一つだと思います。

 

 『ソード・アート・オンライン』や『.hack』という作品もまた、オンラインゲームを題材にした作品であり、ネットで起こることが現実世界に大きく作用することにより、一気に作中の緊迫感を増しております。

 作品は基本的にゲーム内でお話が進んでいきますが、本編中にプレイヤーのリアル事情などが窺い知れる場面があります。ゲーム内の事情とリアルの事情は交わることはあれど、基本的には別個のものとして扱われます。

 

 ギャグマンガでも似たようなお話に記憶があります。『魁!クロマティ高校』という結構昔の作品なのですが、その中でネット弁慶のいじめられっ子と、ネットでは礼儀正しいヤンキーなどが登場していました。『共鳴せよ!私立轟高校図書委員会』という作品では、委員長の両親の出会いはネットゲームであったことが描かれていますが、その時、両親はどちらも性別を偽ってプレイしていました。

 

 このように匿名性という壁によって、インターネット上では現実と全く異なる自分を表現することが出来ます。壁に遮られて、現実とインターネットの自分を切り離されてしまうのです。人格が変わってしまうと言い切ってもいいかもしれません。

 

 ネットと現実を利用して、キャラクターの心情や状況を複雑化し、されど理解されやすくなります。それぞれで全く異なる行動を取ってしまうというのも理解しやすく、人間の二面性を容易に描くことが出来ます。いじめられっこのネット弁慶などもそれを利用していると思います。

 この二面性のギャップはそのままギャグ要素としても使えますし、それを『現実』と『理想』という対比にして成長要素とすることもできます。この二面性を生み出すのが匿名性に他ならないのです。

 

 またこの匿名性には、故意に誤った認識を与えやすい、というの特性もあります。人間を偽ることが比較的容易だということです。普通の叙述トリックの場合、本人に行きつく情報(容姿、名前など)を上手くぼかさなければならないことがありますが、VRの場合、正体は男だが(キャラクターの)見た目は女性の場合があるため、そのまま容姿を伝えることができ、名前もハンドルネームで誤魔化すことが出来ます。

 これも、ネットと現実が容易に結びつかないことによって生まれる現象です。

 

 現実の自分とは異なる自分が生きる世界として、インターネットはすぐそばにある異世界とも言えます。

 ラノベなどの異世界転移について、転移するのに違和感を覚える方はいても、インターネットをすることに違和感を覚える方はいないでしょう。

 こことは違う世界という意味では、ネットも異世界も、本質的には変わらない。そのためオンラインゲーム系のラノベがあるのだと思います。

 

 身近にある異世界と、現実とのギャップ。それを描くことができ、またミスリードを作りやすい。匿名性を利用することによって、容易に人間関係を複雑にすることが出来る。その人間模様を描きたい人にとっては、使いやすいテーマなのかもしれません。