和尚の日記

マンガやゲーム、映画など自分が見たものの感想や紹介をしていきたいと思います。

久しぶりに陸上をした話

久しぶりの砲丸投げ

先日、近場の陸上競技場に行きました。

ストレス発散を兼ねて砲丸を投げようと思い立ったからです。

 

高校卒業して以来、久々にタータン(トラックに使われている赤いゴムみたいなやつ)に足を踏み入れました。

 

休日でしたが誰も居ませんでした。貸切状態です。

高校の時はもっと広いと感じていた400mのトラックですが、記憶にあるものよりずっと狭かったです。

どうやら自分の中で勝手に膨張していたようです。

 

運動着に着替えて、ウォームアップのため400mトラックを軽く流します。

学生時代は砲丸投げが専門で、走る頻度は多くなかったのですが、そこはやはり久々のトラック。かなり気持ちよく走ることができました。

 

たったの2周しか走ってないのですが、もう息の切れ方が半端じゃなかったです。

現役ならもう少しまともだと思ったのですが、5年以上のブランクは想像以上にきつかったようです。

 

そこからこれまた高校以来の、動的ストレッチも兼ねたドリルメニュー(フォームのための基礎練みたいなもの)を行いました。

股関節と膝関節、そして肩関節は重点的に動かしていきました。

一番負担が掛かるのが恐らくここでしょうからね。

 

それをこなしてさらにトラックを1周。これにて準備運動は終わりました。

準備運動とはとても言えない様な汗の量でしたが。

 

そしてやっとお待ちかねの、砲丸投げの時間がやってきました。

砲丸は競技場の物を借りました。

残念ながら成人用の7.26kgの砲丸が無かったので、高校生の時と同じよう6kgの砲丸を使いましたが。

ついでにトンボや砲丸を拭くタオルを借り、機材をそろえて砲丸サークルの方へ。

 

サークルに敷かれたタータンを退かし、砲丸投げの土を覆い隠しているシートを除いて、砲丸投げが出来る環境を整えました。

実はこのタータンやらシートやらが重くて、これらを動かすのが一番苦労した点となりました。

 

数年ぶりとなる砲丸投げの時間がやってまいりました。

距離のラインは残っていたのでそのまま活用。

 

砲丸投げのアップとして両手前方下手投げ、後方下手投げ(名前忘れた)をそれぞれ3回投擲。

それが終わればパワーポジション(立ち投げ)で3回投擲。

 

これにて砲丸投げのアップは終了、のつもりだったのですが、問題が一つ。

 

立ち投げでの投擲がクッソ下手になってたぁ!

 

正直びっくりしました。高校時代のイメージがこびり付いていたのもあって、『コレじゃない感』が半端なかったです。

軸足での蹴りが違う。腰の回転が違う。腕の押し出しが違う。てゆうか全ての動作が遅い。

体全体が理想の動きとは全く異なっていて吐きそうでした。

ドン引きでしたね。

 

急遽予定を変更し、立ち投げで満足できるフォームが出来るまで投げることに。

一回投げてはこうではないああではない、確かこうだったはずと思い出しながら修正することおそらく10回程度。

ようやく我慢できる程度のフォームで投げることが出来ました(満足したとは言ってない)。

 

この段階で、僕の肩はすでにボロボロ。肩甲骨から二の腕に至るまでの負担が半端なかったです。

 

しかしここからが僕にとっての本命。

グライド投法による投擲が待っているのです。

www.youtube.com

↑こんな投げ方。

 

グライド投法の姿勢に入り、片足を高く揚げます。

この瞬間、僕は自分の投擲が失敗することを確信しました。

片足となり崩れる体勢、それを無視して後方に跳躍、取れないパワーポジション、甘い腰の回転、見当違いの投擲方向。

 

いい記録が出るはずがありません。

 

案の定、結果は立ち投げの時より酷い記録になりました。

ストレス解消になるかと思い始めたのに、このままでは逆にストレスを貯める結果となりかねません。

なので、ここでも満足行く結果になるまで投げることに……というわけにはいきません。

 

ちょっと、肩がね。

 

若いときはもっと多い回数投げることが出来たんですけどねぇ。

流石にこのままやり続けるとマジでヤバいことになると思ったので、回数を限定しました。

 

ここでもフォームを意識して、何とか限定回数の間に我慢できる程度の記録を出すことが出来ました(満足したとは以下略)。

 

久しぶりの全力疾走

トンボを掛け終えて、シートとタータンを元に戻して、砲丸などの道具一式を片付けて、残すはクールダウンのみとなったところで、魔が差しました。

 

『100m走やってみっか』と。

 

このときの自分をぶん殴りたいです。

 

誰もいないトラックの100m走のスタートラインにつき、全力疾走×2本。

久々の全力疾走を終えて、歩きでトラック一周。クールダウンのストレッチを終えて更衣室に戻り、

 

トイレに駆け込み吐き出しました(テヘ

 

ええ、間違いなく100m走ったせいです。吐き気が出て、体調が一気に悪化しました。

何で30mとか50mとかで慣らさず、最初から100mで走ったんだと激しい後悔に襲われました。

吐いた後も体調は戻らず、誰も居ないことをいいことに更衣室のベンチで30分ほど横になっていました。

 

アイシング用の氷を肩に当てながら思いました。

 

『ホント、バカ』

 

と。

 

次の日

体調が回復し、その日は食事や風呂やプロテインを飲んで眠りにつきました。

そして翌日。

 

全身が超痛ぇの。

 

正確には右肩甲骨から二の腕に掛けてと、両足太腿の表裏と、腹筋背筋。

肩と両足は言わずもがな。胴体は砲丸の投擲のときに、めちゃくちゃ酷使したんだと思います。

 

心身共に結構やられはしましたが、やっぱり久しぶりの陸上。

スゲェ楽しかったですわ

 

もうちょっと本格的に練習したいと思った今日この頃でした。

取りあえず、瞬発力強化のためジャンピングスクワットから始めようっと。

BS11で放送中だからコードギアスについて振り返ってみよう

コードギアスとは

現在BS11で再放送中のコードギアスを視聴しています。

日曜夜7時に2話連続で放映しています。

 

深夜放送だった第1期の放送から、既に10年以上が経過している今作。

僕も同じだけ年を取ったんだなぁとしみじみ思います。

 

知っている方にとっては今更な説明でしょうが、この作品は母を殺され、妹共々外交の道具として使い捨てられた超大国ブリタニアの皇子ルルーシュが、ギアスという超能力を手に入れたことを機に、母国への復讐のため動き出すという物語です。

主に戦闘の舞台となるのは、ブリタニアに占領された日本列島。作中ではニッポンという国名は奪われ、ブリタニアからエリア11という呼び名で管理されており、ニッポン人もイレブンという蔑称で呼ばれています。

(BS11でイレブンイレブン呼ぶのは、巧妙なステマなのかなんなのか)

 

物語の主軸となるのは、主人公ルルーシュと、彼にギアスを与えた謎の少女C.C(シーツー)、主人公が溺愛する妹のナナリー、最後のニッポンの首相の息子であり、ルルーシュ兄妹の幼馴染であり、そしてルルーシュの親友であるスザク

他にも濃いキャラクターたちが沢山登場しますが、最初から最後までメインストーリーに大きく関わってくるのは彼らです。

 

この作品中では、ナイトメアフレームと呼称されるロボットが登場します。

ロボット物では、主人公に特別な機体が与えられ、その戦闘能力を如何なく発揮して活躍するというのが王道だと思います。

 

ですが主人公のルルーシュにはそんな戦闘能力はありません

むしろその扱いは彼に敵対することとなるスザクに与えられることになります。

 

主人公にはロボットによる戦闘が期待されていません。

というのも、彼はそもそも兵士ではなく、指揮官だからです。

作中屈指の頭脳を持って、戦場を操っていくのです。

(まあ、想定外とかイレギュラーには本当に弱いんですが)

 

ですがロボット物のお約束の熱いバトルシーンも、勿論存在します。

第1期11話の『ナリタ攻防戦』は僕的ベストバウトです。

第2期からナイトメアフレームがバンバン空を飛ぶことになるんですが、やっぱり地上戦の高速バトルの方が僕は好きですね。

 

コードギアスのあらすじや特徴、そして表の見どころはこんなところでしょうか。

 

括目してみよ!オレンジ卿の活躍を!

作品の裏の見どころとして逃せないのがやはり、ジェレミア・ゴッドバルト辺境伯、またの名をオレンジ卿の活躍でしょう!

作中屈指のネタキャラ愛されキャラであり、名言も数多い彼。

傲慢、栄華、失脚、改造、そして最後には忠義を見せた、オレンジの中のオレンジ。ナイトオブオレンジ。

 

そんな彼の勇姿を、最初から最後まで見届けるのです!

 

アニメだけでも、ネタキャラでありガチキャラである彼の活躍を見届けることはできますが、可能であればピクチャードラマの彼の独白についても聞いてもらいたい。

彼の行動原理がなんなのか分かるはずですから。

 

 

見てる人も見てない人も見ておくれ

コードギアス全話が劇場版総集編として上映されるらしいのですが、それに備えてこの半年間でBS11で予習していくのもアリだと思います。

復活のルルーシュなんて言う特大イベントも背後には控えていますし。

 

とにかく見てくれ。

機械に仕事を奪われた時、流行るのは『哲学』だと思う

哲学が流行る理由

以前、こんな記事を書きました。

osyousama.hatenablog.com

 

機械に仕事を奪われることを心配するなんて、ちゃんちゃら可笑しいだろということを書いた記事です。

仕事をしなくて済んだ人を羨むならまだしもねぇ。

 

まあそうなるのも、全機械化する過程で仕事して稼ぐ人と、仕事ができず稼げない人が生まれるからなんでしょうけど。

 

ですがそれも進んでいけば人間が行う業務の全てを機械がしてくれることになるでしょう。

 

そのとき、恐らく古代ギリシャよろしく、『哲学』が流行る様になるんじゃないかと考えています。

 

だって、間違いなく暇になるからね。

 

機械=奴隷の理論

高校の授業で聞いた話なんですが、古代ギリシャで学問等が発展したのは、一重に知識階級が暇を持て余していたからだったそうです。

暇だったから数学やら天文学といった学問という娯楽に力を注いだのだそうです。

学問は暇つぶしだったのです

(よくよく考えれば深夜にずっと空を見上げて星の明るさや星座なんて考えている人は間違いなく暇人)

 

古代ギリシャの市民(知識階級)がどれだけ暇を持て余していたかというと、美食を味わい続けるために、食っては吐いて腹を空にし、そして再び食っていたそうです。

歌舞伎町ホストよろしく、いっそ苦行のような美食の楽しみ方をしていたのです。

 

なぜそれほどまでに古代ギリシャ市民が暇かましていたのかというと、生活に必要な全てを奴隷に任せていたからだそうです。

肉体労働は勿論のこと、家事なども奴隷がこなしていたそうです。

古代ギリシャ市民の生活の全ては奴隷のおかげで成り立っていたのです。

市民は寝転がっていても奴隷のおかげで楽に生活できるというわけだったのです。

 

市民が政治に参加しまくっていたというのも、暇を持て余していたからです。

暇を持て余した、市民(ひとびと)の、遊び。

(このネタ古いか)

 

これを現代社会に置き換えると、機械が奴隷の代替を果たしてくれるのではと考えています。

いずれ古代ギリシャよろしくといった世界になると思います。

 

哲学が流行る理由

以上の前提から『哲学』――ここでは人として善く生きる方法について探究する学問としますが、実はこれ暇つぶしに最適だと思ってます。

 

だって哲学って楽ですよね。

 

実験の準備をする必要もないし、かといって理論を実証する必要もない。

ただ自分が正しいってことを考えて、それを他者相手に伝えるだけでいい。

必要な物は自分の頭だけでいいんですから。

哲学者の中には理論を実証している方も居るでしょうが。

 

加えて、哲学には始めるための障壁などは存在していません。

人間の生き方について考え始めた瞬間、哲学しちゃってるわけですね。

 

さらには、暇を持て余して生きているというスーパー賢者タイムの所に、どうやって生きるかという問いは刺さるのではないかと思います。

 

以上を持って近い将来、哲学は世界中で流行るのだと考えます。

 

これが1ヶ月ほど前に冒頭の記事の続きで書こうとしたことだと思います。

 

ダメだ支離滅裂じゃないか。

疲れたもういいや。

10月になったんでコタツを出した

本日から10月に入り、2017年も残すところ3ヶ月となりました。

ついに月も二桁に乗りました。

 

日本において寒い地域ではないと思いますが、それでも段々と寒さも厳しくなってきます。

 

なので一足早くコタツを引っ張り出してきました

 

例年は出そうとしたときには既に寒くなった後でしたので、今年はすぐに早めに準備をしておきました。

 

そして現在、早速コタツを使っています。この記事もコタツに入りながら書いています。

 

しかし時期が早過ぎましたね。汗ばんできた、っていうより熱いわ

 

これから一気に寒くなってくると思うので、皆さんも冬の準備はお早めに。

 

というわけでコタツから脱出するためこれにて失礼。

そろそろ、筋肉のアウトソーシングが始まるのか

僕たちの周りにある技術や文明というのは、基本的に『生活を楽にする』ものです。

移動に関しては徒歩や乗馬という生物由来のものから、自動車や汽車といった化石燃料で動くものへ。

情報に関しても、今現在あなたが使っているインターネットを使えば、遠くの場所の新鮮なニュースが仕入れることができます。

家事に至っては手動でやっていたものが、電化製品となり、今や外部に委託することも常識となってきています。

 

この外部委託、いわゆるアウトソーシングですが、あらゆる分野においても見受けられます。

海外の軍隊では、物資の運搬を一企業に委託することもあるそうです。

 

日本では最近、洗濯物の回収・宅配を行う洗濯代行宅配サービスなんかも注目されていますね。

 

このような形で、今まで本人がやっていたことを他人に任せることが今後も増えていくと思います。

 

この記事を書くときに思い出したのが、外国の軍隊で本格的に外骨格を取り入れたという話です。

背骨の形状を採り入れ、動きを損なわない。超軽量・特殊部隊用の戦術外骨格「UPRISE」 - ミリブロNews

↑のリンク先にあるこれですね。

 

肩に掛かる負担が5~8割程度減るらしいですね。

 

いずれガンツスーツみたいなものが出来るのも遠くない未来かもしれませんね。

 

もしガンツスーツが作成され、それが一般人でも買うことが出来ることとなったら、おそらく大半の人が常にガンツスーツを着ることになるのではないかと思います。

 

だって筋力の何倍、何十倍の力が発揮できるんだぜ。当然着続けるでしょ?

 

これも一種のアウトソーシングだと思うんですよね。

記憶・記録、計算といった頭脳面はPCといった計算機で代用が聞くようになりました。

少し飛躍しますが、各種生命維持においても人工心肺や人工透析などが活躍したりします。

 

まあ、代用させると言ってもどこまで行くべきなのかは、迷いどころだと思いますね。

最終的には、人間活動の全てを外部に委託さえできそうで。

 

でも仮にガンツスーツが登場しても、筋トレをし続ける人は一定数いるんだろうなぁ。

僕みたいにね!(ドヤァ)

クソアニメ『クロックワーク・プラネット』について

今年のクソアニメ

今年は久しぶりに色々なアニメを視聴しました。

その中でも個人的に面白いと感じたアニメが結構ありました。

osyousama.hatenablog.com

↑の記事で書いた『サクラダリセット』を初め、3Dアニメーションを用いたSFアニメ『ID-0』、数年前に作成されたにも関わらず、BSで放送されていた『ピンポン』や『有頂天家族』といったアニメ作品などなど。

旧作新作問わず、満足できた作品たちです。

 

しかし、世の中に溢れ返ってきたアニメの中には、残念ながら僕個人の趣味に合わない作品、端的に言えばツマラナイアニメなどもありました。

そのツマラナイアニメの中でも酷いアニメ、いわゆるクソアニメというの

その中でも印象深いのは『クロックワーク・プラネット』という作品でした。

 

まあ、かなりのクソアニメでしたね(苦笑)

今回はこの『クロックワーク・プラネット』を紹介していきたいと思います。

なお現在クソアニメとして名を馳せている『異世界はスマートフォンとともに』は視聴していないので、割愛させていただきます。

 

クソアニメの定義

 

ストーリーの展開、キャラクター、演出などなど。

これらが寒すぎてどうしようもなく、直視することが出来ず一時停止させて、再生させてもすぐ一時停止しなければ、僕の精神が恥ずか死してしまう作品。

これが僕にとってのクソアニメです。

 

作品においては勢いというものはこの上なく大切な者であり、それさえあれば恥ずか死することもありません。面白いかどうかは勢いの量によって決まったりもしますが。

 

そしてこの『クロックワーク・プラネット』には、その恥ずか死すら吹き飛ばすほどの勢いすらありませんでした。

 

つまり『僕にとって寒い展開、キャラクター、演出をシラフなまま延々と見せられ続けているクソみたいなアニメ』がこの作品でした。

 

寒いと感じた場面

世界観としては既に寿命を迎えた地球。その時Yと呼ばれる一人の人間が、地殻やマントルを含めた地球の全てを材料として歯車を作りだし、それを組み合わせることで歯車だらけの世界を構築しました。そして世界が歯車で構成されてから1000年が経とうとしています。

この点に関しては問題なし。『一人で地球全てを歯車にするとかドンだけwww』とかいうツッコミを、世界観で入れるのは野暮ってもんです。それ言うなら神様も同じような者だしね。

問題となるのは、その歯車を修理するシーン。

専門の修理業者が大勢で直しに行くんですが、その修理方法がネジ絞めのみ

 

いや、軸とかのズレは、ないんすか?

『1000年も経ったら故障ぐらい出てくるわい』なんて話が作中に出てくるんですが、1000年経ってネジの緩みぐらいしかないのなら、それマジで凄いんじゃないかと。

工作機械で一番大事なのは、回転軸がずれてないかどうかとかって聞いたことあったんですが、それが1000年経っても起こらないんなら、あと1000年ぐらい普通に耐えそうなんですが。ネジ絞めた

歯車にめちゃめちゃスポットを当てているなら、そこらへんもしっかりした方が良かったんじゃないかな。

 

何か時を止めるとか凄い技術を使っても、それでネジ絞めってなんだかな~って感じです。それぐらいなら、むしろ時止めずに超高速&超精密動作でネジ絞めた方が良いんじゃないかと。

 

設定で思い出したのが、主人公の設定。

この主人公、何キロ先にある小さな歯車の音すら拾うことが出来る変態的超人的聴力の持ち主で、この能力のおかげで、都市崩壊レベルの歯車の異変なんかにも気付くことが出来ます。

エコーロケーションよろしく、扉の向こうに潜む敵の数や位置も正確に把握することなんかもできます。

さらには何と、通信電波を聞くことも出来ちゃったりします。無線とかに使われている電波ですね。電波は電磁波の一種で、分類上音より光の方が近い気がします(そもそも電波は音波ではないんじゃ?)が、そこも気にせずに行きましょう! そういう設定なんでしょう!

電波が聞こえるんならぶっちゃけ、目で見るより耳で世界を見る(可視領域外の電磁波が聞こえるなら、可視領域内の電磁波、つまりは通常の光を『聞く』)ことも出来そうですが、まあそういう設定なんでしょう!

 

だったらさ、そんな鋭敏な聴力してんならさ、なんで1キロも離れていない距離にある戦車の砲撃に気付かないわけ?

弾丸が音速を超えているから気付けない』とか言っているけど、拳銃で殆ど音速と同じだから聞こえたとしても反応できるかどうかは別問題だし。

そもそもそんな鋭敏な聴力を持っているのなら、戦車の移動音とか砲身が照準を合わせる音とかで気付いておくれよ

そういうところがなんか、寒いと感じた。

 

ストーリーの展開をとっても、敵ボスが何をしたかったのかはっきり言って分からんかったし。

目的が意味不明すぎる。もうちっと分かりやすくしてほしかった。

クーデターとかなんか

 

あとまったく訳分からんタイミングでヒロインの処女宣告を聞かされたって、こっちとしては『だからどうした浪花節か?』で、大変薄ら寒いものを感じてしまいました。

 

あと、大きいけど細かい数字の羅列

『地下~キロにある歯車の音を聞き分けるなんて~』とか『ここの歯車の数は~億』とか。

『とりあえず凄さを出すために取りあえず大きな数字を出してみたよ』というのは分かるんですよ。簡潔ですからね。

何億何万とか、大雑把な数字を出すだけなら僕も、拒否反応とか示さないんですが。フリーザ様の53万みたいな。

でもこの作品では、やけに細かいところまで数字を出すんですよね(10万の位から始まり1の位まで正確に)。

それが、何かね、引くんですよ。

こう、超大型巨人みたいな、アバウトにデカいとか言われるんじゃなく、細かい数字まで出して『スゲエだろ?』感を出してくるのが、寒かったかな。

 

というかこの作品で一番寒かったのが、主人公演出

主人公が主人公している場面が、果てしなく寒かった

そもそも主人公を最終話まで受け入れることが出来なかったので、土台無理な話なわけですが。

耳が良くて歯車が好きってだけの設定にすれば良かったのに、下手に察しが良いみたいなキャラ付けもされているのも個人的にアウト。

 

凄い歯車仕掛けの人形のためだけに動いてたはずなのに、途中から『助けられる人は助けるし、無関係な人は巻き込みたくないよ』みたいなキャラになってて、『お前は結局何がしたいんだ?』ってなったわ。

 

演出に関してはもう

ダサい。

この一言に尽きる。

何なの? あの謎空間で歯車を作っている謎ダンスは?

あの腕に連動している操作アームは未来感を全てぶち壊すような代物だったのに、最後の2話ではそれがメインで使われていて、最後にはなんか謎空間に入り込んじまったし。

オートマタを直す場面で手が無数に分裂しているシーンを見た時は『ドクタースランプかな?』って思っちゃったし。

 

などなど、ツッコミどころは他にあるが、止まらなくなるのでここでカッツアイ!

 

以上、今まで色々突っ込んでいたが、この作品に勢いがあればそんな些細なことは気にせず視聴することができると考えています。

実際、勢いのある作品は途中でそんな野暮なことは考えさせません。最後まで見終わった後にしばらく時間が経ったうえで、やっとそんな思考に行き着きます。

 

そもそも矛盾点がない作品なんてのは早々ありません。アニメであれ映画であれ、作品にとって何より大事なのは、そんなところに目がいかせないようにする勢いだと、僕は考えています。

 

その点で言えば、この作品は、まあ、勢いにしても下の下でしたね。

途中の笑えなくて寒いギャグシーンが、作品としての勢いを全て殺していたイメージです。

毎週どこかで一回は箸休めが入るようなのは、止めたほうがいいというのが今回のアニメで得た数少ない教訓でした。

 

まとめ

今まで散々『クロックワーク・プラネット』についてボロクソに批評しましたが、勿論このアニメを楽しんでみた方も居られると思います。

そのような方はこんな偏屈な記事を見ても、その楽しんだ気持ち、好きな気持ちを大事にしていただきたいと思います。

本当に面白いと思っていたのなら、どんな批評を食らっても、その気持ちがぶれることはないと思いますから。

同様に僕も、どんな感想を貰っても『クソアニメ』という評価が覆ることはないと言い切れます。

 

なお、今回はあくまでアニメ版のみを対象にしています。つまりは原作の方はノータッチということで。

もしかしたら原作小説の方は面白いかもしれませんよ。

僕は読んでないですし、読む予定すらありませんが。

 

レコーダーに取り貯めしていたこの作品をこの2日間、誤って見続けてしまい、傷付いてしまった心を癒すための殴り書きは、これにて終了とする。

お目汚し失礼仕りまする。

皆様に遅れること8年、『ぼくらの』ロスになりました。

『ぼくらの』ロス

ジアース発進!

でお馴染み(恐らく)のマンガ、『ぼくらの』(作:鬼頭 莫宏)を先週末に初めて読みました。

徹夜して始まりから終わりまで一気に読み進め、そしてロスになりました。

『ぼくらの』ロスです。

 

存在自体は前から知ってました。

主にアニメの歌の『アンインストール』のおかげですが(調べてみたらコードギアスの一期より後のアニメでビックリしましたが)。

連載が終了してから既に8年が経過している今作。

つまりは僕は、リアルタイムでこのマンガを読んでいた人々に8年の遅れを経てロスになりました。

 

『ぼくらの』読者にとってはこの領域は8年前に通過しているのです。

 

その少年少女の成長と、その後待ち受ける無慈悲な運命。まるで救いがないお話だというのに、読むのを止めることは出来ず、そして最終回まで読んだあとに、何故か訪れる凄まじいまでの読後感。

 

『連載中に追いかけて読みたかったな』という気持ちと、『連載後一気に読めて良かったな』という気持ちが同居していて、スッキリしつつもポッカリとした感じの今日この頃でした。

 

『ぼくらの』簡単な紹介

これから『ぼくらの』を読み進めていくというお方も居られるかもしれないので、紹介も簡単にさせていただきます。ネタバレOKな作品ではないと思うので。

 

冒頭

ある夏休み、とある村で開かれた自然学校に集まった15人の少年少女。彼らはココペリと名乗る一人の男に出会う。そして男にゲームに誘われる。世界を救うために敵と戦うというゲーム。これに参加した子供たち。そしてその後、子供たちの前には黒い巨大なロボットが現れて……。

 

ここがネタバレしない限界だな。

とはいえ8年前の作品なので、検索したらすぐにネタバレも出てくるし、伏線も多々張られているため、その考察などが行われているサイトも多くあるので、『ぼくらの』を知ってネットを彷徨った結果このブログに辿り着いたという人は、既に相当なネタバレを読んだとは思うんですけどね。

 

唯一つ言いたい。

カコ君は最も人間らしくて子供らしいとは思う。

行動自体は許されないとも思うが、ヤケッパチになる心境を分からないとは言えない。

というか他の奴らが達観しすぎなんだよなぁ。

 

読み始めたキッカケ

8年前に終わった今作を何故今更読み始めたかというと、無料マンガアプリ『マンガワン』で現在、全巻一気読みという形で『ぼくらの』が掲載されていたからです。

 

manga-one.com

 

無料と謳ってはいるんですが、その時間にも制約があるため、泣く泣くYahooブックストアで5巻以降購入することになったんですが。

でも購入したことに対しての後悔はありません。

後半になればなるほど、時間に追われて読むものではないということが分かりましたし。結果的に電子書籍で購入してよかったです。

 

今後

取りあえずアニメ見て、それに小説もあるらしいからそれを読もう。

 

あ、サクラダリセットの小説も残ってるな。

取りダメした映画やアニメなんかもあるし。

 

時間欲しいよぉっ!

 

ロスだ、寝よう。