読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

和尚の日記

マンガやゲーム、映画など自分が見たものの感想や紹介をしていきたいと思います。

嘘喰いについて振り返ろう_『連載開始~廃ビルの悪魔編・梶ちゃん修行編1』(コミックス1~3巻)まで

現在、週刊ヤングジャンプ絶賛連載中の『嘘喰い』。

最終決戦真っ只中であるが、今回から『嘘喰い』のこれまでの連載について振り返ろうと思う。

 

今回はコミックス1~3巻までの内容について振り返る。

 

 

 

梶ちゃんとの出会い編

嘘喰いの始まりとなる第一話には、嘘喰い斑目と、その相棒である梶 隆臣(以下梶ちゃん)との出会いが描かれている。

たまたま偶然出会ったように描かれているが、これまでの連載で果たしてそれが偶然だったのかどうか怪しくなってきた。作為的なものである可能性は拭いきれない。

しかしその当時の梶ちゃんは勝負や金に対する執着、ギャンブラーとしての覚悟などまるでない一般人であった(ただし闇金含む多大な債務あり)。

パチンコ店で出会った獏と出会った梶ちゃんは、裏カジノでの獏のギャンブルに魅せられてしまう。

そこから獏と梶ちゃんのお話は進むのであった。

 

一巻ではその後、梶ちゃんの周りのお話を何話かは挟み、嘘喰いの方向性を決定づけたと言っても過言ではない廃ビル編に突入する。

 

廃ビルの悪魔編

今までのギャンブルやマネー系のお話。そこから完全に毛色が変わったのがここからだ。既存のギャンブルマンガから外れた、バイオレンスバトルギャンブルマンガの幕開けである。

正直、1~2巻を読んだ段階で、この作品を切った読者というのはかなりの数に上るのではないかと疑っている。

傭兵集団との鬼ごっこはともかく、その後始まった人体改造人間との鬼ごっこがヤバかった。

何がヤバかったというと、仮面を被った筋骨隆々の人間が、走り幅跳びで十何メートルという距離を跳び(ついでに跳び蹴りで首を折り)、ショートカットと称して、手摺に括り付けたロープで振り子よろしく、屋上から3階下のフロアへ移動したり、極めつけはフルオートのマシンガン30発を全て避け切ったり、まざまざと人間離れした身体能力を見せつけたのだ。

どこのバトルマンガ世界の住人なのだろうか?という人外ぶりである。

その人外っぷりは是非ともご覧になっていただきたい。

 

梶ちゃん修行編1

廃ビルでの鬼ごっこも終え、新たな仲間、そして金を手に入れた獏一行。

梶ちゃんはその金を手にし、マンションカジノへと向かうのだった。

獏から、『その金を全てスッてこい』と言われたからだ。

 

梶ちゃん修行編の記念すべき第一回が、コミックス3巻に収録されている。

このマンガの魅力は二つある。一つは獏が行うゲームそのもの。

二つ目は梶ちゃんの成長っぷりである。

自分たち読者と同じ目線に立っている梶ちゃん、その彼が少しずつ成長していき、そして獏と同じステージに登っていく。

その成長を見るのが、魅力なのである。

 

まあようするに

とりあえず3巻まで読め。

欲を言えば5巻まで。

 

注:DMMにて、無料で読める『嘘喰い STARTER BOOK』なる本があるので、そちらを読むのもいいかも。 

 

最強の二次創作ッッ!『グラップラー刃牙 BLOOD & BODY』を紹介させてもらうッッッッ!

今回はあるSS(ショートストーリー)を紹介させてもらう。

そう、貴様らが一回は読んだことがあるであろう、あの作品……

 

グラップラー刃牙の二次創作だッッ!

 

その素晴らしき作品の名前は……

グラップラー刃牙 BLOOD & BODY』だッッッ!!

 

タイトルをそのままググるか、もしくはArcadia Mainにある『SS投稿掲示板』の『その他』から探すがよい。

 

この作品は刃牙シリーズ三作目にあたる『範馬刃牙』が終了ののち、世に現れた作品だ。

それゆえ、シリーズ四作目である『刃牙道』とは関連性が皆無である。

当然、蘇ってきた武蔵が斬殺しまくったりはしない。

 

だが断言できる。

この作品は面白いッッ!

 

この作品の一番の売りを挙げるとすればそれは……

脳内再生の容易さにあるッッ!

 

少なくともグラップラー刃牙シリーズを三作目まで読破したことがある読者ならば、小説内での場面、人物、発言、演出などなど、様々なことで脳内再生余裕であろう。

絵、コマ割り、果ては第三者視点からの戦闘回想まで板垣先生テイストで完全再現可能である。

これほど違和感なく刃牙ワールドを投影出来た作品など、他にないのではなかろうか?

 

以上のそれらは、この作品の最も大事な場面……

範馬勇次郎の全力戦闘シーンですら言えることであるッッッッ!

 

この作品のコンセプトとは何を隠そう……

真剣に戦う範馬勇次郎なのであるッッッッ!

 

この勇次郎の敵こそが、本家に出てもおかしくないようなキャラクターであり、範馬勇次郎が本気を出すに値する『説得力』を持つ存在なのだ。

 

 

これまでグダグダと言葉を並べては見たが、

これらの一切に聞く耳を持つなッッ!

 

強くなりたくば読めッッッッ!

 

↓直リンだ

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=etc&all=38954&n=0&count=1

映画『ブレイブ・ワン』_シリアスから一転、まるで落語のようなオチ(ネタバレあり)

 今回は『ブレイブ・ワン』という映画について。

【中古】 ブレイブ・ワン(Blu-ray Disc) /ジョディ・フォスター,テレンス・ハワード,ニール・ジョーダン(監督、脚本) 【中古】afb

価格:988円
(2017/5/15 23:32時点)

↑これです。

 

ジョディ・フォスター主演の映画です。

ラストシーンの展開は視聴者を裏切ります。悪い意味で

 

作品のあらすじ

ラジオDJであるエリカという女性は、暴漢たちに襲われ婚約者を失い、自らも重傷を追った。その後、ひょんなことから犯罪者を射殺したことによって、彼女は犯罪者を殺すようになる。

エリカは自らの中に別人格が生まれたように感じ、恐怖を抱きますがそれでも犯行を続けていく。

制裁を繰り返していく中で一人の警官と親密になり、彼の力もあって、エリカを襲った犯人を見つけることができた。

最後にはその犯人たちを射殺するところで、エリカと警官は対峙し……。

 

終盤までのシリアスは見事

この映画は暴漢に襲われるシーンから始まるが、シリアスの描き方は見事だと僕は感じた。

エリカが事件のトラウマをフラッシュバックするシーンを挟むことによって、彼女が銃を手に入れる展開も極自然なものとなった。

もし暴漢に襲われた時、彼女が銃さえ持っていれば悲劇は起こらなかったはず。身近に銃がある社会ならば、そのトラウマに備えるためや後悔の念から、銃を手にするのは自然なもののはず。

 

彼女が凶行に及んだ理由の一つとしては、護身用として手に入れた銃を使う機会に恵まれたしまったこと。

状況から見れば正当防衛が成り立つであろうが、彼女はそこで殺人を犯す。

そこから彼女は下り坂を転げ落ちるように、次々と犯罪者を制裁するようになっていった。

 

しかし元は善良なる一般人。殺人に対する忌避感情をも同時に持ち合わせており、自らの行為に対して葛藤を抱く。その葛藤から自らが住むアパートの管理人(?)に境遇をと心情を吐露した。

また、以前にも仲良くなった警官に、警官と私的制裁者の境目(射殺の合法・非合法)などについても会話します。

この場面によって、決して冷酷な殺人者になったわけではないことを示唆した。

殺人を否定する感情も持つエリカは殺人に対する忌避感から自らの中に別の人間が生まれたように感じていた。

 

以上の点は全て、主人公の人間らしさ、葛藤、殺人に対する肯定と否定が現れていると感じる。

この主人公の心理描写は、見事だと感じた。(射撃能力高すぎんよ!というツッコミはなしの方向で)

 

だけどオチが……落語か?!

映画のラスト、警察での面通しから、婚約者を殺した犯罪者を見つけた彼女は彼らを殺しに掛かります。

そして次々と犯人たちを殺していき、残すは最後の一人となったところで、エリカの前に警官が現れます。

犯人に銃を突きつけるエリカ。そんなエリカに向けて銃口を向ける警官。犯人は面の皮厚く、警官に助けを求める

陥る膠着状態。

説得をする警官。それを受けてエリカは泣き出すエリカ。

 

そして、警官はエリカに近づき――

「使うなら合法(=警官)の銃を使え、それなら捕まらない」と言って、自らの銃を手渡したのだった。

 

……えっ?!

 

な、何言ってんだ警官は? この展開には犯人も「何言ってんだテメェ?!」と叫ぶが、まったくもって同意である。

犯人に同情もクソもなく、直前まで『さっさと撃って復讐遂げろよ』などと思ってもいたが、この発言には『いやそりゃねえよ』としか感じなかった。

今までエリカが自らの行いが正しいのかどうか葛藤し続けていて、いざ最後の最後、本当の復讐相手を前に答えを出そうとしたら、『僕の銃を使えばいいじゃん』と別の所からあっさりとした答えを提示されたのだ。

 

彼女がラストに何か独白を吐くのだが、正直この展開の衝撃のせいで、ろくすっぽ覚えていない。というか何を言っても寒々しいだけだろう。

ラストに至るまでの彼女の葛藤とは一体何だったのか? これまでの120分間で描いてきた彼女の葛藤とは?

この映画を使って描きたかったものがこれだと言うなら、僕はこの映画をこう評価するしかない

 

『120分を費やして描かれた、壮大な落語』と。

映画『トランスポーター』_ジェイソン・ステイサム無双!なんだけど……。

今回紹介するのは映画『トランスポーター』。

トランスポーター [ ジェイソン・ステイサム ]

価格:1,458円
(2017/5/14 11:20時点)

↑これ。

 

シリーズ物となっていて、これも含めて現4作品作られている(4作品目は主演が違うけど)。

今回紹介するのは記念すべき一作目。

 

作品のあらすじ

タイトル通り、主人公は運び屋であるフランク。自分のルールさえ守ってくれれば何でも運んでくれるという凄腕だ。そんな彼の元に一つの依頼が舞い込んでくるのだが、その荷物というのが中国人の女性だった。

偶然にも荷物が女性であると知り、さらには依頼主から命を狙われるハメになったので行動を共にすることになる。

その女性は自らの父親が人身売買に手を染めていることを知り、それを阻止しようとしていた。巻き込まれた主人公はその手助けをすることとなり、最後はその攫われた人たちを救うのだった。

 

ツッコミどころ

上に大まかなあらすじを書いたが、基本的には主演であるジェイソン・ステイサムが無双する話であり、それ以上でもそれ以下でもないのだが、やはり点在するツッコミ所について言及せねばなるまい。

 

最初に世界観の説明や自己紹介も兼ねて、主人公が銀行強盗を荷物としての脱走を行う。警察とのカーチェイスを行うも、その追跡を振り切る見事なドラテクを視聴者にお披露目した。

 

以後、このドラテクは一度も披露されることはない。

 

だったら最初からジェイソン・ステイサムの戦闘能力を見せた方が良かったんじゃないの? そこまで大事な能力じゃないんなら。

 

最後のシーンにも車で参上するわけではなく、まさかの飛行機からパラシュートで飛び降りるという暴挙に出るんだが、この時の彼は飛行機のパイロットに乗せてもらっているわけで。プロの運び屋が素人に運ばれているというシュールな図式が何とも言えない感情を僕にもたらした。

 

ジェイソン・ステイサムにとって何より大事な戦闘シーンにもツッコミどころがあった。

銃を多用しないのはスティーブン・セガールと同じ流儀として認めよう。

 

だがヌルヌル相撲は如何なものだろうか?

 

車のオイルだか何だか知らないが、急にオールスター感謝祭のラストのようなことをされても、こちらとしては爆笑するしかないわけで。

映画館でこの作品を見た人たちも、思わず笑い声が漏れてしまったのではないだろうか?

退散するシーンでも、芸人張りの滑り芸を見せつけたジェイソン・ステイサムオールスター感謝祭でもかなりの活躍を見せてくれることだろう。

 

終盤でもツッコミどころはある。

僕の目が可笑しくなければ、奴隷が詰められているトラックは間違いなく2台あったのだが、唐突に1台しかなくなった。間違いなく2台あったのに……。

というか奴隷は400人近くいたはずなんだが、あのトラック2台で全員が入るのだろうか?

まあ普通の自動車でも無理すれば20何人入るらしいから可能なのかもしれないが、そんな無理が利くなら中国雑技団ヨロシクびっくり人間一座としてプロデュースすればいい気がするが。それなら合法だし。

 

ラストのラスト女性の父親に崖際に追い詰められたシーンにもツッコミどころはある。まさに絶体絶命のピンチなのだが、ジェイソン・ステイサムはそこで崖から尖った石を一つ見つけて手の中に隠す。

見ている人たちのほとんどは思ったことだろう。『それを使ってピンチを脱出するのね』と。今までのアクションシーンのおかげでどんな技を使っても驚かない準備はこちらにはあった。

いざ撃たれる! といったところで鳴り響く銃声。そして倒れる父親。その背後には銃を構えた娘の姿が……。

 

……えっ?!

 

『さてそれを使ってどう脱出する?』 などと思っていた僕がバカみたいだ。

背後から娘が父親を撃つ。映画においてはありふれたシーンだ。特別視することなど何もない。

 

だったらその石はなんなのよ?!

 

何のためにそんな勿体ぶったシーン入れたの?! なに? 2時間枠で時間でも余ったか? だったら別の格闘シーンでも入れとけボケェ!

 

しかし続編は作られる

所々の展開は間違いなく、B級映画のそれだ。

この後何作も作られるシリーズ物の初めがこれでいいのか?と思わなくもないが、最初に言った通り、これはジェイソン・ステイサムが無双する話であり、この手のツッコミは野暮以外の何物でもないのだ。

そういう意味ではこの作品は、見やすい映画だと言えるのだろう。

左足ブレーキをやってみたらガチで怖かった件。

左足ブレーキを実践してみた

先日、以下の記事を見つけた。

www.itmedia.co.jp

 

筆者はこの記事の中で『AT車は左足空いてるんやから、それでブレーキ踏めばえんとちゃうん? ほならアクセルとブレーキの踏み間違いなくなるで』という意見を主張している。

 

たしかにMT車と違い、運転中左足はほとんどフリーだ。遊ばせておくのは勿体ないという意見も理解できる。

 

というわけで、実際に左足ブレーキをやってみたので、その感想を書いていく

 

やってみた結果……

最初に結論から述べさせてもらおう。

 

やめた方がいい。

 

やばかった。マジで怖かった。

少なくとも自分には合わないことが分かった。

 

一体何が問題だったのか?

 

1.左右で混乱する

最初にして最大の問題。

普通は、右足をどちらかのペダルに乗せるだけだ。

しかし左足ブレーキを使うということは、左右の足をそれぞれアクセルorブレーキペダルに乗せているということ。

これ、こまめにブレーキとアクセルを踏むような場所ではかなりキツイ

普段通りなら、右足ブレーキ→右足アクセル→右足ブレーキ→……という風に、右足のみで操作する。

左足ブレーキを使う場合、左足ブレーキ→右足アクセル→左足ブレーキ→……となる。

一見問題ないように見えますが、実は大きな問題が潜んでいる。

片足操作の場合、ブレーキとアクセルを同時に踏むということはあり得ない。ブレーキを踏むときは必然的にアクセルを外すことになる。

ですが左足ブレーキの場合、左足でブレーキを踏むときアクセルを緩めるため、右足を外す必要がある。

 

つまり

足ブレーキ(と同時に右足アクセル外す)→右足アクセル(と同時に左足ブレーキ外す)→左足ブレーキ(と同時に右足アクセル外す)→……

となり、左足と右足を同時に使う必要が出てくる

 

え? 『それぐらい余裕じゃん』だって?

 

ふざけんなし!

 

言うなればこれ、『両足使っての旗揚げゲーム』みたいなもんだぞ!

しかも片足操作に慣れているから、余計に難易度が上がっている。

実際に、ブレーキを踏むところなのに、いつもの間隔で右足を踏み込んで、つまりアクセルを踏んでしまったことがあった。

踏み間違えないための左足ブレーキのはずなのに、踏み間違いを起こしてしまったのだ。本末転倒である。

いずれ間違いを起こすゲームを、自動車という超危険物で行うべきではない。

少なくとも慣れてない人間がやる物ではないことが、この点で分かった。

 

2.踏力が分からない

次に問題なのが、左足の場合だと踏み込む力が分からないという点だ。思わず踏み込みすぎてブレーキがかかり過ぎ、『ぐええぇっ!』となった。

意図せず急ブレーキになったり、車体がカックンカックンとなったりする。

追突することはないが、追突される可能性が高くなるため、やはり危険。

 

3.狭く、体が安定しない。

AT車は右足操作前提のため、アクセルとブレーキペダルの位置が近い。

そのため左足ブレーキをしようとすると、かなり窮屈

そして今まで意識したことはなかったが、左足で踏ん張っていた体が、左足ブレーキをすることによって不安定になる。これは今回のチャレンジで一番の収穫だと言える。

 

自動安全ブレーキオナシャス

最初に述べた結論通り、左足ブレーキは危険が一杯だ。

少なくとも慣れていない状態で公道を走るべきではない。

じゃあどこで練習すればいいんだよ?と言われるかもしれないが、それは個々人で見つけてくれ。

 

確かに老後を考えると、片足操作は危険かもしれない。

だが、俺の老後は自動安全ブレーキ機能に任せるんで、自動車業界さんヨロシクゥ!

『チートな剣とダンジョンへ行こう』_おススメネット小説を紹介

今回は個人的におススメなネット小説を紹介しようとおもう。

作品名は『チートな剣とダンジョンへ行こう

ncode.syosetu.com

 

あらすじ

こことは違う世界で、落ちこぼれ冒険者であるメル(♀)は、ひょんなことからシュウ(♂)という日本人の魂が宿った剣を手に入れる。メルはシュウの力を借りて数多のダンジョンを攻略し、いずれ極限冒険者と呼ばれるようになるのだった。

 

特徴

まるで成り上がりのようにあらすじを書いたが、内容はこれとはまるっきり違う

コメディダンジョン小説

冒険者として大物にはなっていくのだが、そもそもこのメルという女性は逃げ足以外何ら特筆すべきない人物だ。剣の才能もなく、記憶力も低く、コミュ力など無に等しい。そんな残念人物なのだ。

彼女にあるのは唯一つ。ダンジョンに対する異様な熱意だけ。シュウ曰く『ダンジョンキ〇ガイ』。

そんな彼女の相棒となるシュウ、彼もまた常人とは言い難い。知識の幅広さや知能の高さ、機転が利き真実を見抜く能力をい持っているが、性格は一言で言うと変態だ。

 

メルはシュウの変態的発言にツッコミ、シュウはメルの奇行を笑う。

ダンジョンの謎を解いたり、人を助けたりもする。だがメインはそこでもない。

二人のおバカな掛け合いを楽しむのがこの作品である。

『嘘喰い』(週刊ヤングジャンプ21号)の感想_お屋形様の本領発揮! そして嘘喰いの真意とは?

今回は久々に『嘘喰い』(週刊ヤングジャンプ21号)の感想を書いていく。

現在は作中最終決戦になるであろう屋形越えという勝負をしている最中。

勝負の内容は『ハンカチ落とし』。その可愛らしい名前とは裏腹に当然のごとく命懸けである。

相手がハンカチを落とすタイミングを読みあうという勝負。

 

掌返し

僕は正直、話が進むまでこの勝負にあまり期待していなかった。

この前に行われた勝負、『エア・ポーカー』の完成度の高さ。これのおかげで屋形越えに関しての期待値というハードルは高くなった。

だというのに、急転直下、反比例するような『立会人バトルロワイヤル』のクオリティの低さが、屋形越えについて不安にさせた。

 

勝負の内容がシンプルであるというのも、また不安要素であった。というのもエア・ポーカーでは今までの勝負と異なり、ゲーム開始時点で全てのルールが開示されていなかった。読者としてはそのルールが何かを予測して楽しむという面があり、またそれが判明してからもどう勝つというのか分からなかったところがあったからだ。もしかしたら主人公・斑目獏ではなく対戦相手であるビンセント・ラロが勝つかもしれないという、ハラハラドキドキ感が、確かにそこにあったからだ。

一方、今回のハンカチ落としではルールが全て開示されており、またお互いに何かイカサマを仕込んでいるような感じもしない。隠された何かを暴くという要素がないように感じたのだ。

事実、序盤では嘘喰いとお屋形様が如何に飛び抜けているかを示すだけだった。このままいけば、どちらのセンスがずば抜けているかを競うだけで終わるだけだったろう。さながらバトルマンガだ。

何より問題なのは、今まで活躍し続けていた両者がショボく見えていたことだろう。今までの超人然とした感じがまるで感じられなくなっていたのだ。

特にお屋形様

バトルシップ編で見せ続けていた他者の心理を完璧に読み取る、手玉にとるその卓越という言葉では足りないような思考力が消え去っていたように見えた。

このことに関してはお屋形様にとっての梶ちゃん枠であるガクトも言及している。その言葉は読者全員の心の代弁だったと言っていいだろう。

 

しかし徐々に勝負の様相は変わっていき、嘘喰いは何かしらの狙いを持って勝負を進めていっていることが判明した。そしてお屋形様がその狙いが何か気付いているという節を見せてきた。

そして遂にお屋形様が以前の超人的な雰囲気を取り戻した。

前回ではただ放送を聞いているのみであった立会人たちの心境を完全に読み取り、今回に至っては、自爆を狙っていたという嘘喰いの読みを完全に外すことに成功したのだ。

屋形越えという最終決戦、そのラスボスに相応しい風格を取り戻したのだった。

さすがだよ迫先生ぃ!

 

嘘喰いの行動推察

さて、ここで一つ気になるのは、果たして嘘喰いは何を狙っていたのか、ということ。

それが分かれば、今回のお屋形様の行動についても何か読めるかもしれない。

今までの描写で嘘喰いのゲーム状況及び思考に関して分かることは以下の通り。

  1. ゲームオーバーまでに投与できる臨死薬は4分量。現在の蓄積は1分量程度。
  2. ゲーム開始前から時間について気にしていた。
  3. 何かしらの狙いを持っている。
  4. 安全策(1分チェック)は残っていないと考えている。
  5. 臨死薬を投与されるつもりだった(不発)。

今回の話では臨死薬を投与されるつもりだったようだが、これは作中で梶ちゃんたちが解説しているように、不合理であると考えられる。

梶ちゃんの言う通り、もし自らの身体を臨死薬の器として考えているなら、自分が真に死なぬ限界まで薬を貯めるのがベストだ。

チェック失敗時に1分量加算されて投与されるので、蓄積が3分量未満で失敗するべき。

しかし嘘喰いはそれを無視して、蓄積が1分程度で投与させようとしていた。

 

この不合理である行動は、嘘喰いが秘めている何らかの策が働いていると考えるべきだろう。

ここはお屋形様の、『3,4回戦のC(チェック)の理由』という言葉から、嘘喰いは3回戦時点からその狙いのために動いていたと考えよう。

 

3回戦では嘘喰いは安全策といえる1分Cを行った。しかしこの段階で既に嘘喰い安全策は残っていないという考えを持っていた。この考えと行動は矛盾するが、嘘喰いに別の狙いがあった、つまり安全策以外の理由で1分Cを行ったのではないか?

1分Cは『安全ではあるが、臨死薬を貯めるリスクがある選択』というもの。ここから安全策という要素を除外すると、『臨死薬を貯める』効果が、1分Cにはある。

これが3回戦の嘘喰いの狙い、なのかもしれない。

 

これが果たして何を意味することになるのか?このゲームの本質はそもそも『如何に臨死薬を貯めないようにするか』である。この行動はその本質に真っ向から逆らっている。

だが今回の5回戦で、嘘喰いの行動が本質から遠ざかったものであることが分かっている。まだ臨死薬の余裕があるというのに、2回目の臨死に望もうとしていたのだから。

4回戦の早期Cも、臨死狙いだったのだろう。今回はそれより早く早期Cしたというのに、お屋形様に潰されてしまった。

 

そこまでして臨死をしたい嘘喰いの狙いというのは何なのか?

結論から言うと、まったく推察できない

1回目は雰囲気読み、2回目で理解読み、3回目で伏線読みが、嘘喰いの楽しみ方だからな。

一応、今年の1月1日9時ごろにうるう秒があったという話を聞いたことがあるから、それを利用するのかな?とか思ったりもしたけど、それを利用したからって何なの?っていうのが、正直な感想である。

これを上手く利用できるというのなら、僕は改めて迫先生の実力に脱帽しなければならない。

うるう秒を利用したという点と、うるう秒がある年に屋形越えを持ってきたという事実に。

今後の嘘喰いからも、目が離せませんねぇ。