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和尚の日記

マンガやゲーム、映画など自分が見たものの感想や紹介をしていきたいと思います。

『嘘喰い』(週刊ヤングジャンプ21号)の感想_お屋形様の本領発揮! そして嘘喰いの真意とは?

マンガ

今回は久々に『嘘喰い』(週刊ヤングジャンプ21号)の感想を書いていく。

現在は作中最終決戦になるであろう屋形越えという勝負をしている最中。

勝負の内容は『ハンカチ落とし』。その可愛らしい名前とは裏腹に当然のごとく命懸けである。

相手がハンカチを落とすタイミングを読みあうという勝負。

 

掌返し

僕は正直、話が進むまでこの勝負にあまり期待していなかった。

この前に行われた勝負、『エア・ポーカー』の完成度の高さ。これのおかげで屋形越えに関しての期待値というハードルは高くなった。

だというのに、急転直下、反比例するような『立会人バトルロワイヤル』のクオリティの低さが、屋形越えについて不安にさせた。

 

勝負の内容がシンプルであるというのも、また不安要素であった。というのもエア・ポーカーでは今までの勝負と異なり、ゲーム開始時点で全てのルールが開示されていなかった。読者としてはそのルールが何かを予測して楽しむという面があり、またそれが判明してからもどう勝つというのか分からなかったところがあったからだ。もしかしたら主人公・斑目獏ではなく対戦相手であるビンセント・ラロが勝つかもしれないという、ハラハラドキドキ感が、確かにそこにあったからだ。

一方、今回のハンカチ落としではルールが全て開示されており、またお互いに何かイカサマを仕込んでいるような感じもしない。隠された何かを暴くという要素がないように感じたのだ。

事実、序盤では嘘喰いとお屋形様が如何に飛び抜けているかを示すだけだった。このままいけば、どちらのセンスがずば抜けているかを競うだけで終わるだけだったろう。さながらバトルマンガだ。

何より問題なのは、今まで活躍し続けていた両者がショボく見えていたことだろう。今までの超人然とした感じがまるで感じられなくなっていたのだ。

特にお屋形様

バトルシップ編で見せ続けていた他者の心理を完璧に読み取る、手玉にとるその卓越という言葉では足りないような思考力が消え去っていたように見えた。

このことに関してはお屋形様にとっての梶ちゃん枠であるガクトも言及している。その言葉は読者全員の心の代弁だったと言っていいだろう。

 

しかし徐々に勝負の様相は変わっていき、嘘喰いは何かしらの狙いを持って勝負を進めていっていることが判明した。そしてお屋形様がその狙いが何か気付いているという節を見せてきた。

そして遂にお屋形様が以前の超人的な雰囲気を取り戻した。

前回ではただ放送を聞いているのみであった立会人たちの心境を完全に読み取り、今回に至っては、自爆を狙っていたという嘘喰いの読みを完全に外すことに成功したのだ。

屋形越えという最終決戦、そのラスボスに相応しい風格を取り戻したのだった。

さすがだよ迫先生ぃ!

 

嘘喰いの行動推察

さて、ここで一つ気になるのは、果たして嘘喰いは何を狙っていたのか、ということ。

それが分かれば、今回のお屋形様の行動についても何か読めるかもしれない。

今までの描写で嘘喰いのゲーム状況及び思考に関して分かることは以下の通り。

  1. ゲームオーバーまでに投与できる臨死薬は4分量。現在の蓄積は1分量程度。
  2. ゲーム開始前から時間について気にしていた。
  3. 何かしらの狙いを持っている。
  4. 安全策(1分チェック)は残っていないと考えている。
  5. 臨死薬を投与されるつもりだった(不発)。

今回の話では臨死薬を投与されるつもりだったようだが、これは作中で梶ちゃんたちが解説しているように、不合理であると考えられる。

梶ちゃんの言う通り、もし自らの身体を臨死薬の器として考えているなら、自分が真に死なぬ限界まで薬を貯めるのがベストだ。

チェック失敗時に1分量加算されて投与されるので、蓄積が3分量未満で失敗するべき。

しかし嘘喰いはそれを無視して、蓄積が1分程度で投与させようとしていた。

 

この不合理である行動は、嘘喰いが秘めている何らかの策が働いていると考えるべきだろう。

ここはお屋形様の、『3,4回戦のC(チェック)の理由』という言葉から、嘘喰いは3回戦時点からその狙いのために動いていたと考えよう。

 

3回戦では嘘喰いは安全策といえる1分Cを行った。しかしこの段階で既に嘘喰い安全策は残っていないという考えを持っていた。この考えと行動は矛盾するが、嘘喰いに別の狙いがあった、つまり安全策以外の理由で1分Cを行ったのではないか?

1分Cは『安全ではあるが、臨死薬を貯めるリスクがある選択』というもの。ここから安全策という要素を除外すると、『臨死薬を貯める』効果が、1分Cにはある。

これが3回戦の嘘喰いの狙い、なのかもしれない。

 

これが果たして何を意味することになるのか?このゲームの本質はそもそも『如何に臨死薬を貯めないようにするか』である。この行動はその本質に真っ向から逆らっている。

だが今回の5回戦で、嘘喰いの行動が本質から遠ざかったものであることが分かっている。まだ臨死薬の余裕があるというのに、2回目の臨死に望もうとしていたのだから。

4回戦の早期Cも、臨死狙いだったのだろう。今回はそれより早く早期Cしたというのに、お屋形様に潰されてしまった。

 

そこまでして臨死をしたい嘘喰いの狙いというのは何なのか?

結論から言うと、まったく推察できない

1回目は雰囲気読み、2回目で理解読み、3回目で伏線読みが、嘘喰いの楽しみ方だからな。

一応、今年の1月1日9時ごろにうるう秒があったという話を聞いたことがあるから、それを利用するのかな?とか思ったりもしたけど、それを利用したからって何なの?っていうのが、正直な感想である。

これを上手く利用できるというのなら、僕は改めて迫先生の実力に脱帽しなければならない。

うるう秒を利用したという点と、うるう秒がある年に屋形越えを持ってきたという事実に。

今後の嘘喰いからも、目が離せませんねぇ。

典型的なストーカー映画、しかして原典_『恐怖のメロディ』

今回紹介する映画は『恐怖のメロディ』。

ラジオDJである主人公と、その彼を執拗に追い回すストーカー女とのお話を描いたものである。

監督及び主演はクリント・イーストウッド。僕はあまり詳しくないが、西部劇や刑事ものなど多岐に渡って活躍した往年の映画スターである。

この作品が監督として初めて作った作品とのこと。

 

この作品は典型的なストーカー映画であり、今となっては目新しさなどというものはない。ベタ中のベタと言えるだろう。

自分も正直心底楽しめたとは言い難い。

 

しかし今作について調べてみると、衝撃の事実を知った。

この作品は46年前に作成されたもので、当時は未だストーカーという言葉そのものが存在していなかったというのだ

トーカーというものを題材にした先駆者的映画なのである。

 

先も述べたように、僕はクリント・イーストウッドという人物をロクに知らない。しかしこのような作品を作る、先見の明がある人物だということは分かった。

 

現在では凡作といえるかもしれないが、最初というのはそれだけで価値があると思う。

当時この作品を見たという人に、ぜひとも話を聞いてみたいものだ。

ネット世界に新たなオモチャ現るwww_『【神回】twitterの自称投資家からDM来たんだが・・・』

集まる人間の数が増えれば当然であるが、ネットには様々な人間が居る。

今回紹介するのは、その中で悪事を働く人と、その人をおちょくりまくる人。

いわばトムとジェリーである(なおそんな可愛らしいものではない模様)

 

今回のトム役:星野くん

youtubematomatome.blog.jp

ネットサーフィンをしていた時見つけた記事がこちらである。

いわゆるまとめ記事であるが、さらに話を簡単に纏めると、『ネズミ講に誘う人間と、それを知りつつ2chで話の内容を晒しつつ、おちょくることに全力を傾けた人間の攻防』である。

まさにトムとジェリーではあるまいか。

 

この記事で面白いのは、LINE通話をそのままアップしていることだと感じている。

まさにそのままなのだ。

自宅暴露、脅迫、ポンタカード、さらには2chからの無茶振りをこなすなど、まさに生の声が録音・アップロードされている。

現在はyoutubeで計三回の通話が放送されている。

その1

www.youtube.com

 

その2

www.youtube.com

 

その3

www.youtube.com

 

その3に至っては表面上はもはや友達だと言える会話であるが、会話の節々にそれぞれの毒が現れているのが見ものだ。

是非ともまとめ記事を追いながら、この通話を聞いてもらいたい。

 

最後に。

星野くん、見てたらゴメンね。

何がしたかったのか分からなかったが、あの『妖怪』は此処に居た!_『鴨川ホルモー』

今回紹介する映画は『鴨川ホルモー』。主演は演技力に定評のある山田孝之

『鬼』と呼ばれる不思議で小さな式神。それを使役して秘密裏に行われる『ホルモー』という競技。その競技に選ばれた大学生たちの人間模様を描いた作品……と思われる。

 

謝れ! 京大生に謝れ!

この作品を見た感想は、あまり賢くないな、京大生というもの(京大生の方ごめんなさい)。

正直、唐突な主人公の性癖(鼻フェチ)しかり、主人公とライバルキャラ芦屋、面倒女佐原といった人物たちの諸々の行動、などなど。

同名小説が原作らしくそちらではどうだかわからないが、この映画で気になった点を以下に述べていく。

 

まず主人公の鼻フェチ。この設定は序盤、佐原という女性を好きになるために使われたが、それ以降特に何かのキーになったわけではなく、映画終盤に正ヒロインとくっつくときにさえ、褒めたり気にしたりする素振りなど微塵もなかったのだ。メガネからコンタクトに勧めたときにさらりとでも触れればよかったのに、とも思う。

鼻フェチの方には申し訳ないが、そもそもの話マニアックすぎて全然共感できない。主人公にあまり感情移入できない点はここにあるともいえる。個人の趣味になって申し訳ないが、佐原演じる女優があまり美人と感じなかった。主演が山田孝之でなければよかったかもだが……。

 

次にライバルキャラ芦屋。彼の性格は現在の人間社会で通用するのかどうか疑問に思うくらいヤンキーチック情緒不安定&暴力的で、いつ暴行罪で捕まってもおかしくはなさそうだった。前科持ちという事実の前では、いかな京大ブランドといえど役に立ちそうにはないと思うがこれ如何に?

常に上から目線、喧嘩腰、その上手が出るのも早い(作中暴力描写二回、そのうち一回は完全なる言いがかりによるもの、つまりはギルティ)。あれか? 若いころはヤンチャだった系か?

あ、あと『ホルモー』というおまけ要素的競技では、一定条件を満たすことで『ホルモー』と叫ばなければならないというペナルティがある。これを叫ぶことは個人における敗北と同意であるのだが、主人公に負けたくない一心でこのペナルティを拒む。

顔は黒ずみ腹と喉は膨れ上がり、体の周囲には黒い影が纏わりつくという、これ以上ないくらいあからさまにヤバい雰囲気が出ていたというのに、意地を貼り続け拒み続ける。

明らかなリスクがあるというのに、自らの感情を優先させてしまうという、冷静な判断が出来ない人物だと評価せざるを得ない。

そして悲しいかな。ライバルキャラだというのに、山田孝之にカッコ良さが及んでいないということが

 

面倒事を運ぶ女、佐原は上記二名よりしたたかとは言えるが、好きになった相手が、向こう側の言い分も聞かず自分の恋人と手を繋いでいたという事実のみでグーパンで殴れる危険人物すなわち芦屋であるという事実があるため、一概に賢いとは言えないところ。流石に目の前で殴る所を見たら少しは考えるんじゃなかろうか?自分は男だから分からんが。

 

他にもツッコミどころとしては、『京都大学内で完結してしまっているため、他の大学を出す必要があったのか?』『主人公の友人は最終戦ホルモーでロクに活躍せず(つまり成長せず)終わったがそれでいいのか?』『主人公少し他力本願過ぎじゃないか?』などなど色々ある。

ツッコミどころなのかは分からないが、鬼と呼ばれる生物が出てくるまでが少し長すぎたように感じる。鬼語の特訓や儀式のダンスなどには、あまり尺を取らなくても良かったのではないかと。さらっと流すにとどめておけば。

 

お話としては、何か最後はスケールでかくなったけど、ホルモーしたいのか恋愛したいのか、よく分からんかったというのが本音ですな。

 

あ、あの妖怪がこんなところに!

だがそんなことはどうだっていい。

この作品には既に、皆が良く知るあの大妖怪が現れていたのだ。

そう、あの妖怪……

 

『妖怪どうしたろうかしゃん』が

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ムロツヨシ型ではなく、濱田岳型のどうしたろうかしゃんです!

初めてホルモーに挑むことになった濱田岳は、テンパりその長い髪を↑の写真のように弄りまわし、呆然自失となってしまっているではありませんか。

 

その姿はまさに、平成の指示待ち妖怪、『どうしたろうかしゃん』そのものではありませんか!

 

この映画は2009年に上映されたもの。2009年には既に、この妖怪が存在したという確かな証拠と言えるでしょう。

そう言う意味ではこの作品、かなり時代を先取りした名作と言えるかもしれません。

 

僕はこの『どうしたろうかしゃん現る』のシーンを見た時、ひたすらに爆笑してしまいました

この僅かワンシーン、たったそれだけで僕の中では見る価値ありの映画に成りあがりを果たした、そんな映画です。

新入社員に伝えとく。俺たちはゆとりではないということを。

新入社員の方々、会社に入って一週間、いかがお過ごし?

面白い? 楽しい? それとも辛い?

楽しいと感じれる人にはおめでとう。アンタ勝ち組だよ。

辛い人はドンマイ。大丈夫俺も辛いよ。

もしかしたら既に辞表を提出しちゃった剛の者も居るかもしれないね。俺もBIGで1等当たったら即辞めるけどさ。

それでも大半の人は歯ぁ食い縛って耐えてるんだよね。世知辛いね世の中って。

なのにそんな俺たちに向かって心無い上司・先輩はこういうかもしれない。

「これだからゆとりは(ハァ)」と。

そう言われたこう心の中で言いかえしてやろう。

 

うるせぇバーカ!

俺たちは『ゆとられ』だっつーの!

 

責任感がないとか耐え性がないとか、そういうの?

百歩譲って事実だとしようか。ええ。

けどそれが学校等の教育によって形成されたっていうんなら……

その責任は全部アンタたちおっさんにあるからね!

 

アンタらが決めた政治家が実施した政策のせいってことだから!

それつまり政治家選んだアンタたち大人全員の責任だから! 民主主義ってそういうもんだから!

子供だった俺らにそれを回避する手段、ねぇから!

そのこと棚に上げて俺らを揶揄するってどういう思考展開してんだよ!

これこそ正に責任転嫁ってやつだから!

そもそもバブルで就活ロクにやってないような大人に、言われたくねぇから!

 

こんなことを心の中で叫びましょう。口に出してはいけません。絶対喧嘩になるから。

色々理不尽なこともあるかもしれませんが、皆さん頑張って社会の荒波の中を生き抜いてください。

以上!

 

思い出したことが一つ

あ、似たようなこと去年も書いたな。

osyousama.hatenablog.com

考えるな!ジャッキーだ!_『プロジェクト・イーグル』

映画

今回視聴した映画は『プロジェクト・イーグル

説明不要の中国アクションスター、ジャッキー・チェンナチスが隠した金塊を求めて三人のヒロインと共に冒険するお話。

 

以上。

 

内容は本当にこれだけ。おなじみジャッキーアクションは満載だが、他に特徴的な部分はなし。ジャッキーアクションがあるから見れるのであって、それ以外の人物が主演だったとしたら、とてもじゃないが見れたものではない。その程度の作品だと感じた。

 

まず三人のヒロイン、これが邪魔だと感じた。というのもこの三人、役回りがほとんど同じなのだ。三人も居るのだからキャラ分けしてもいいと思うし、何を思ったかその三人のキャラというのが所謂ドジキャラなのだ。しかも笑いを提供するタイプではなく、『おいおい』と突っ込んでしまうような、可愛くないタイプのドジなのだ。(作中でまったくと言っていいほど役に立っていないからそう感じたのだと思う。)

それが三人も続くものだから、こちらとしては辟易してしまう。延々ツッコミなしでボケだけ見せられているような、何とも言えない感覚になる。

というか、そういうコメディリリーフ的な役割は、ジャッキー一人で十分だと思う。派手でありつつもコミカルなアクションもそうだし、彼の言動で十分コメディ要素は補えたと思う。

ヒロイン三人のくどさを、ジャッキー一人でカバーしたように感じた。

トーリーはそもそも無に等しい

なぜジャッキーに同行したのか分からないヒロイン、急に出てきたラスボス、と思ったら何故か最後には味方になっていたり。

結局何がしたかったんだい?と尋ねたくなる(特に白人のヒロインには)。

 

邪魔なヒロインと、ストーリーのなさ。

間違いなく駄作と言える設定が揃っているが、それでも僕は楽しんで映画を見ることが出来た。

それは一重にジャッキーのおかげであろう。

やはりジャッキーアクションには、思わず『おおっ!』と声を挙げてしまう様なものが多い。ミッションインポッシブルなどでもそうだが、やはり主役がスタントなしで弩級のアクションをこなすというのは、それだけで見る価値が生まれるものだ。

 

まあつまり、ジャッキーを見て楽しむ映画。そういうことだ。

安定して楽しめる、それがジャッキー映画の強みだろう。

 

最後に。邦題が『プロジェクト・イーグル』とあるのに、中国語タイトルが『飛鷹計劃(画と同意)』だったんだが。英語でも『OPERATION CONDOR』と記載されているんだが。主役の二つ名も『アジアの鷹』だったし。イーグルどっから来たの?

不意打ちのB級ほど楽しめない映画はない_『乱気流/タービュランス』

映画

いよいよ残り録画時間が50時間を切った。 

そろそろ取り貯めした映画やドラマを見ていかねばならない。

 

そんなわけで今回視聴した映画について感想を書いていきたい。

映画のタイトルは『乱気流/タービュランス

BSプレミアムかNHKBSで放送されていた映画だ。

 

BS放送における映画とは

自論ではあるが、BSで放送される映画というのは、まさに玉石混交だと思っている。

肌に合わないというのはあるかもしれないが、地上波では『ヒドイ映画』というのは放送されない。何かしらの実績を積み立てていたり、普通に面白かったり、言うなれば外れがないのだ。

FOXムービーやムービー+など、ケーブルTVでは逆にヒドイ映画ばかり放送されている。以前インビジブル2の感想を書いたが、これと同等もしくはもっとヒドイ映画、いわゆるB級映画が放送されている。

しかしこれらのケーブルTVの場合、放送されている映画は全てB級映画であるという前提がある。この前提があるおかげで映画に対する期待値がとても低く、見た映画がひどかったとしても何ら痛痒はなく、もしB級映画の中でも上位の作品、そのような映画を見れたのなら、とても得した気分になるのだ。例えて言うなればブスの集団の中から、カワイイよりのブスを見つけたような、そんなお得感が。無論、地上波映画が女優クラスであることは言うまでもない

そんな中にあって、BS放送というものは先に述べたように、玉石混交だと認識している。いうなればカワイイ子もブスな子もごった煮の状態だ。

映画でやっかいなのは、インターネットなどで情報収集しない限り、それを見るまでその美醜を判断できないところにある。

地上波クラスという玉がある以上、視聴前にはどうあってもその映画に期待を抱いてしまう。人間だもの。その期待を裏切られること、すなわち期待した結果B級映画であることが最も辛いのである。

つまらないと感じた瞬間にその映画を切るという選択肢は勿論ある。だが映画特有のどんでん返しがあるかもしれない。一ひねりあるかもしれない。

その期待のみを抱いて最後まで視聴し、裏切られたまま終わる。それがあるのがBS放送なのである。

 

ここまで言えばおわかりだろうか。

そう、この『乱気流/タービュランス

何一つ恥じることのないB級映画なのである。

 

乾いた笑いが浮かぶ、それがB級映画

あらすじは以下の通り。

主人公はキャビンアテンダントの女性。

民間機で二人の犯罪者を移送するところから映画は始まる。

離陸後、犯人の一人が警察から銃を奪い、暴走、乱射。それに巻き込まれ機長が死亡。

その後分け合って副操縦士も死亡。暴走した犯人は片割れの犯罪者によって鎮圧&死亡。残った犯罪者は善人の顔を見せているが、やっぱり悪人で、主人公の同僚を殺したり、乗客を閉じ込めたり、サイコパスの面を見せ始める。

その後は主人公と犯人が乱闘したり、パニクったり、最終的には犯人は死亡、主人公は操縦士の代わりに飛行機を運転・操作し、見事着陸。

完。

 

以上の文を読んで頂いた方は、恐らくこう思われたことでしょう。

 

で、乱気流は?

 

そう、タイトルに書かれている乱気流については一言も触れていないのだ。

勿論、映画には乱気流について出てきている。が、それは作品において大きなウェイトを占めていない。せいぜい1%ってところだ。どんなに多く見積もったとしても10%を超えることはない。絶対にない。

正直、乱気流より乱痴気の方がタイトルとしてはふさわしい。

だって犯人はサイコパスで、主人公は冷静さの欠片もない頭の緩い女なんだもん。このほうが絶対作品にはあってる。

 

B級映画と呼ぶ条件に、思わせぶりなまま何事もなく終わった演出前後の脈絡がない唐突すぎる展開というものがある。

この映画は見事、その二つを満たしている。

映画の舞台は民間機であるため、犯人や主人公の他にも乗客が居た。映画の初めのほうに、その乗客たちが不自然にピックアップされていた。特徴的なスケボー少年なども出てきて、何かあるなと思わせぶりをしていたが、その後特に何事もなく、最後には客の一人として飛行機から降りていった。

 

お前なんで出てきたの?

 

もしかしたら、日常のシーンの1つとして差し込みたかったのかもしれないが、だったらスケボーなどのキャラクターは付ける必要はなかっただろう。

唐突な展開としては、それはもう副操縦士の死以外ありえないだろう。のんびりコックピットから降りてきた撃たれたマヌケな機長もいたが、それ以上がこの副操縦士だ。彼は中々戻ってこない機長を探しに運転席から離れるのだが、その瞬間飛行機が振動し、副操縦士の身体は投げ出され、フロントガラスに直撃、そのまま死亡してしまったのである。

 

ちょっ!? ええっ!!??

 

何その死に様!? どんな風にデスノートに書けば起こりえるんだよ?!

最初はただ気絶している者だと思ってたのに、結構時間経ってから死亡確認されてビビったわ!

 

もはやここまで来ると笑いがこぼれてくるというものだ。かなり乾いてはいるが。

それ以外にもツッコミどころは満載だ。そのツッコミどころの多さこそがB級の証左といえるかもしれないが。

 

もし時間に余裕があれば、そしてわざわさB級を見たいという奇特な方が居られれば、一度ご覧になられてはどうでしょうか。B級覚悟で見ればもしかしたら面白いかもしれません。

決して地上波クラスの映画だと思ってみないように。後悔しますから。